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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)3068号 判決

控訴人(被告)

新井一郎

ほか一名

被控訴人(原告)

西村勇

主文

一  控訴人ら(附帯被控訴人ら)の控訴に基づき原判決主文第一項を取り消し、被控訴人の右部分に関する請求を棄却する。

二  控訴人(附帯被控訴人)ニツポンレンタカーサービス株式会社の原判決主文第三項に関する控訴を棄却する。

三  被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用中、本訴に関する費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、反訴に関する費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)ニツポンレンタカーサービス株式会社の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(控訴につき)

一  控訴人ら(附帯被控訴人ら。以下「控訴人ら」という。)

1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2 被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。

3 被控訴人は控訴人ニツポンレンタカーサービス株式会社に対し、一五三万〇五七〇円及びうち七三万〇五七〇円に対する昭和五六年八月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

(附帯控訴につき)

一  被控訴人

1 原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

2 控訴人らは各自被控訴人に対し、一七五五万八三八一円及びこれに対する昭和五一年四月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。

二  控訴人ら

本件附帯控訴を棄却する。

第二  当事者の主張は原判決事実摘示と同一であり、証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(本訴請求について)

一  請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)ないし(四)の各事実、(五)の事実中、控訴人新井が助手席に被控訴人を同乗させて加害車両を運転し本件駐車場から道路に出る際、その出入口で本件事故が発生したこと、同2(責任原因)の事実中、控訴人新井及び控訴人会社が、加害車両の運行供用者であること、同3(被控訴人の受傷及び治療の経過)の事実中、被控訴人がその主張の各診療所及び病院で治療を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、第二号証、成立に争いのない乙第二号証、第九号証の一、二、原審における控訴人新井、被控訴人各本人尋問の結果によれば、次の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  右事故の現場は、控訴人会社駐車場の出入口にあたるが、同駐車場は前方の道路面よりも約三〇センチメートル高く、そのため右出入口には車両通行時の衝撃を和らげる目的で鉄板が隙間なく並べられていたが、出入口から道路までの約一メートルの区間は、相当急な勾配となつていた。

2  控訴人新井は、控訴人会社から加害車両を賃借し、助手席に被控訴人を同乗させてこれを運転し、右駐車場から道路に出ようとして前記勾配に差し掛つた際、車体に衝撃を感じ、あわててブレーキを掛けたことにより、右の事故が発生した。

3  被控訴人は右の事故により右眉部を車体の突起物に打ちつけて傷害を負つたため(その受傷の状況は後記のとおり)、事故直後落合第一診療所で応急手当として右患部を絆創膏で固定する止血の処置を受けた。被控訴人は右眉部挫創と診断され、同四九年七月二七日まで同診療所に通院して治療を受けた結果、右の傷害は治癒した。

以上の事実が認められ、右事実からすれば、被控訴人が本件事故により右眉部挫創の傷害を受けたことが明らかである。

三  被控訴人は、本件事故により加害車両のフロント部分に頭部を衝突させ、両側顎関節頭骨折の傷害を受けた旨主張するので、以下検討する。

成立に争いのない乙第六号証、甲第二四号証の二、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一三号証によれば、

1  被控訴人は昭和四九年八月一四日、慶応義塾大学病院口腔外科で受診し、開口時及び咬合時に痛みがあり、時々両顎関節のクリツキング(顎がカコンカコンとなること)とスライデインク(顎のずれること)を感じる旨訴え、当初は顎部の骨折が疑われたが、同年八月一六日のエツクス線撮影による検査の結果では骨折は発見されず、外傷性顎関節炎と診断されるに止まつた。

2  ところが、被控訴人は、同年一一月二二日から東京歯科大学病院で顎部の診察を受け、エツクス線撮影による検査の結果、両側顎関節頭部骨折と診断され切開手術を受けた。

以上の事実が認められ、

3  また、被控訴人は原審において、本件事故発生の状況について「前記勾配に差し掛つて車体が動揺したのに加えて、控訴人新井が突然急ブレーキを掛けたため、その衝撃で助手席に乗つていた被控訴人が加害車両のフロントと座席との間に右半身から転落して下顎をフロントのカウンターに強打し、続いて被控訴人が右手で助手席側窓枠附近の取手を掴み、顔を窓附近に寄せる姿勢で起き上ろうとしたところ、再度控訴人新井がブレーキを掛けたので右取手部分に右眉部を打ちつけ受傷した。」旨供述する。

しかしながら、

1  当審証人岡野光雄、同柿沢卓の各証言によれば、両側顎関節頭部骨折は下顎を下から上に突き上げるように力が作用した場合に起こるものであつて、この傷害が起こると下顎部に打撲による内出血とか擦過傷が生じ、関節部分は骨折による炎症がひどく、三、四日は激痛を伴い、開口は制限されるし食事も普通食の摂取は不可能になることが認められ、したがつて、眉間に傷害があつても顎関節の異常を医師に申告しないことはあり得ないと考えられるところ、成立に争いのない乙第三号証の一ないし三によれば、被控訴人は事故直後前記落合第一診療所の落合光雄医師に対し右眉部の治療を申し出ただけで顎部の痛みを訴えなかつたし、同所に通院治療した三日間にも顎や歯に関して病的訴えをしたことがなかつたことが認められ、

2  また、前記被控訴人の供述についても、フロントと座席との間に転落したとすれば、頭部はむしろ後方に引かれるはずであり、膝が床についたとすれば坐高の関係から顎がフロントのカウンターにぶつかることは考えられないのであつて、いずれにしても下顎を真正面ないし真下から強打したとするには説得力がない、

3  そして、弁論の全趣旨により成立の真正を認める乙第四号証の三によれば、被控訴人は昭和四八年一二月中野歯科医院で下顎骨打撲による顎骨骨折の疑いとの診断を受けていることが認められ、

以上の諸点から判断すると、被控訴人主張の顎関節頭部骨折は本件事故により生じたと見るのは不自然である反面、本件事故前に受傷していた可能性も否定できないので、結局右主張は証明がないといわざるを得ない。

四  被控訴人の後遺障害について

1  視力障害

被控訴人主張の視力障害の存在とその程度及び本件事故との因果関係についての認定、判断並びにそれが詐病とまでは言えないことについては、原判決理由説示(原判決一七枚目裏九行目から二四枚目表末行まで)のとおりであるから、これを引用する。

2  咀嚼機能障害

控訴人らは、被控訴人の主張する咀嚼機能障害は詐病である旨主張するので、以下検討する。

被控訴人が本件事故後しばらくして顎部の異常を訴えて都内の前記各病院で診察を受け、結局東京歯科大学病院でエツクス線撮影による検査の結果、初めて両側顎関節部に骨折のあることが発見されたことは前記認定のとおりであり、右事実と弁論の全趣旨により成立の認められる甲第四号証、原本の存在及び成立ともに争いのない甲第一九号証、第二一号証、成立に争いのない甲第二四号証の一ないし三三、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は昭和五〇年二月一九日から三月一〇日までの二〇日間東京歯科大学病院に入院し、同年二月二八日骨折部である両側下顎関節頭摘出の手術を受け、退院後も同病院に通院して開口機能の回復訓練を受けたが、結局同年五月三一日症状が固定し、後遺障害として開口障害(開口距離二三ミリメートル、最大開口距離三二ミリメートル)及び咬合異常が残つたことが認められる。

もつとも、成立に争いのない乙第一四号証の一ないし三、第一六号証の一ないし四、第一七号証の一ないし七、第一八号証の四、五、第一九号証の一ないし三、第二〇号証の六ないし九、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は昭和五五年九月以降碧南市内の一般食堂で食事を摂つたことが認められるが、食事の内容、方法等は明らかではないから、右外食の事実は前記認定を妨げるものではない。

したがつて、被控訴人の主張する右咀嚼機能障害をもつて詐病と認めることはできない。

五  障害について判断する。

1  治療関係費 一二〇〇円

前掲甲第一六号証によれば、被控訴人は落合第一診療所において前記傷害の治療を受け、治療関係費として一二〇〇円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。

被控訴人は、本件事故による治療費として右のほか四七万六一七〇円を支払つたと主張するが、前記のとおり視力の低下ないし視力障害、顎関節部の骨折、咀嚼機能障害は本件事故による傷害、後遺障害とは認められないから、これらの治療のため要した費用は本件事故による損害ということはできない。

2  看護料

被控訴人が昭和五〇年二月二七日東京歯科大学病院において両側下顎関節頭摘出の手術を受けたことは前記認定のとおりであり、右事実と原本の存在及び成立ともに争いのない甲第二三号証、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は右手術の日以後三日間要介護の状態であつたため職業付添人に付添を依頼し、その報酬として一万五八九〇円を支払つたことが認められるけれども、前記のとおり右下顎部の骨折が本件事故によつて生じたものと認められないのであるから、右看護料をもつて本件事故による損害ということはできない。

3  入院雑費

被控訴人が、都立大久保病院に一五日間、東京歯科大学病院に二〇日間入院して治療及び諸検査を受けたことが認められるが、右視力低下ないし視力障害、顎関節部の骨折と本件事故との結びつきを認めることのできないことは前記のとおりであるから、右も本件事故による損害とすることはできない。

4  休業損害 六六九九円

被控訴人が事故当時、国際ソーイング株式会社に裁断師として勤務し、月額一三万四〇〇〇円(日額四四六六円)の給与を支給されていたことは当事者間に争いがない。そして、被控訴人の本件事故による前記傷害の部位、程度、治療状況等に照らせば、被控訴人は落合第一診療所への通院期間三日間について収入のおよそ五〇パーセントを喪失したものと認めることができ、これに反する証拠はない。そこで、前記日額給与相当分を基礎に被控訴人の休業損害額を算定すると、六六九九円となる。

被控訴人は、右のほか症状の固定した昭和五〇年七月二日までの間(三三九日)全く就労が不可能であつたと主張するところ、仮に被控訴人が右期間就労を妨げられ収入の全部又は一部を失つたものとしても、前記のとおり右眉部挫創を除き被控訴人の主張する傷害、、後遺障害と本件事故との結びつきを認めることはできないから、右以外に被控訴人主張の休業損害を認めることはできない。

5  逸失利益

被控訴人主張の後遺障害が本件事故によつて生じたものと認められないことは前記のとおりであるから、被控訴人主張の逸失利益を認めることはできない。

6  慰藉料 一〇万円

前記傷害の部位、程度、治療期間等を考慮すれば、被控訴人が本件事故によつて被つた慰藉料としては右の金額をもつて相当とする。

7  そうすると、被控訴人が本件事故によつて被つた損害額は、右1、4及び6の合計一〇万七八九九円であるが、被控訴人が自賠責保険から右損害額をはるかに上回る金員の支払を受けたことはその自認するところであるから、被控訴人が本件事故によつて被つた損害はすでに補填されているものといわなければならない。

(反訴請求について)

請求原因1の事実中、被控訴人が、控訴人会社に対し、本訴請求原因のとおり主張して昭和五一年四月一四日本訴を提起したことは当事者間に争いがない。

しかし、被控訴人の視力障害及び下顎関節の骨折、これに起因する咀嚼機能障害が詐病であるとする同控訴人の主張についてこれを肯認するに足りる証拠がないことは本訴請求についてすでに説示したとおりであるし、また被控訴人の下顎関節の骨折が本件事故によつて生じたものと認められないことは本訴請求について説示したところであるけれども、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件事故がきわめて短時間に発生し、被控訴人自身事故発生の状況を正確に記憶していないこと、本件事故発生後しばらくして下顎部に異常を感じて都内の前記各病院で診察、治療を受け、結局東京歯科大学病院において顎関節部に骨折のあることが発見されたことが認められるから、被控訴人が本件事故以前に顎部を打撲していた事実があつたとしても、下顎部の異常がその後八か月余経過して発現したことからみて、被控訴人が右顎関節部の骨折は本件事故によつて生じたものあるいは少くともそれが本件事故と関連があるものと判断したとしても、あながち無理ではないと思われるから、被控訴人による本訴の提起、追行をもつて違法、不当とすることはできず、したがつて、本訴の提起、追行が違法、不当であることを前提とする同控訴人の反訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

(むすび)

よつて、被控訴人の本訴請求及び控訴人ニツポンレンタカーサービス株式会社の反訴請求はいずれも失当として棄却すべきものであるから、控訴人らの控訴に基づき原判決主文第一項を取り消し、また控訴人ニツポンレンタカーサービス株式会社の同主文第三項に関する控訴及び被控訴人の附帯控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山俊彦 藤井正雄 武藤冬士己)

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